西松安野の生存者・邵義誠さんを訪ねて(9)

 こうした詳細な強制連行・強制労働の事実認定をしながらも原告敗訴の判断となったのは、中国人の請求権問題であった。

判決は、中国人の請求権に関する議論のまとめで次のように結論づけている。

 「本訴請求は,日中戦争の遂行中に生じた中国人労働者の強制連行及び強制労働に係る安全配慮義務違反等を理由とする損害賠償請求であり,前記事実関係にかんがみて本件被害者らの被った精神的・肉体的な苦痛は極めて大きなものであったと認められるが,日中共同声明5項に基づく請求権放棄の対象となるといわざるを得ず,自発的な対応の余地があるとしても,裁判上訴求することは認められないというべきである。したがって,請求権放棄をいう上告人の抗弁は理由があり,以上と異なる原審の判断には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,以上説示したところによれば,その余の点について判断するまでもなく,被上告人らの請求は理由がないというべきであり,これを棄却した第1審判決は結論において正当であるから,被上告人らの控訴をいずれも棄却すべきである」

 このように述べて、裁判を通じての被害者救済の門を閉ざした。この法解釈は、少なくない弁護士から批判がされている。同時に、被害者が被った被害の大きさに鑑み、何の対応もしないというのでは問題は残ったままであり、中国人被害者の訴えがそれで収束するとは考えられない。そこで最高裁は「自発的な対応の余地はある」と言わざるを得なかったのであろう。この点、日本政府の「請求権放棄により解決済み」の一点張りの態度とは明らかに異なる。そして「個別具体的な請求権について債務者側において任意の自発的な対応をすることは妨げられないところ,本件被害者らの被った精神的・肉体的苦痛が極めて大きかった一方,上告人は前述したような勤務条件で中国人労働者らを強制労働に従事させて相応の利益を受け,更に前記の補償金を取得しているなどの諸般の事情にかんがみると,上告人を含む関係者において,本件被害者らの被害の救済に向けた努力をすることが期待されるところである」付言を行っている。

 ここからすれば、西松安野のみならず、他の事業所での案件についても、国や連行企業の「自発的な対応」による問題解決の努力が望ましいというのが、最高裁の意思と読み取ることも可能である。