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相模湖の中国人強制連行(5)

 朱文斌らは、その晩、廿村の寒くじめじめしたところに監禁され、深夜に尋問されました。八路軍はどこへ行ったか? 兵器工場はどこにあるか? 紙幣の印刷機はどこに隠しているか?……。知らないとこたえると、頭を叩かれました。翌日早朝、銃殺刑にすると宣告されました。

 翌12月7日。街中を引っ張りまわされ、見せしめに。軍刀を提げた日本兵が両側につき、傀儡兵が“八路を打て”と叫び、皮の鞭で顔をたたき、鼻があざだらけとなり、顔がはれあがりました。

 利津県城についたときには、捕まった者は162人に増えていました。無抵抗の労働者や農民でした。その夜、野宿で夜を明かしました。食事もさせず、冷たい地面に身を横たえるだけで、動くことも許されません。二人の日本兵は杖を持っており、動こうが動くまいが、頭をたたいて回りました。圈里村木器工場の「皮」という名前の労働者(故郷が広饒県)は腕を断ち切られました。