相模湖の中国人強制連行(3)

 朱文斌の家は、農村の中等以上の裕福な家庭だったようで、1941年5月に抗大を卒業しています。「抗大」は、中国人民抗日軍事政治大学の略称で、中国共産党が創設した政治・軍事の幹部学校。

 「抗大卒業後、清河区(渤海地方行政機構の前身。小清河南北にあり、益都を管轄し、寿光、臨淄、広焼などの13県)で、墾利県の慈善機関で服務した。土地を測量し、位置を測定し、境界を決めた後に、適当な場所に日本軍国主義の戦火で壊され家に帰ることができない難民を配置して、開墾させ、生産によって自分を救い、生命を維持するようにした」。そして、その年10月に中国共産党に参加しました。