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沖縄北方担当相の「土人発言は差別とは断じれない」との答弁について

 鶴保庸介内閣府特命担当大臣(沖縄及び北方担当)が、8日の参院内閣委員会で「土人発言」に関して「差別であると断じることは到底できない」と答弁したが、5日たってもいまだこの認識を変えていない。
 今回の問題発言は沖縄県民にたいして発せられ、傷つけられたが、その痛みを理解するには、沖縄の歴史を知るところから始まるだろう。しかし、沖縄及び北海道を担当する大臣としては北海道の歴史も学ばなければならない。
 北海道の開拓史は、アイヌ民族同化政策抜きには語れない。土地を奪い、言語を奪い、文化を奪った歴史のことである。その法的表現が「旧土人保護法」ではなかったか。
 だから、北海道の心ある人々は、アイヌの歴史を、民衆史の中に位置づけて調査・研究を行っていた。たとえば、「オホーツク民衆史講座」の人々は、囚人労働、中国人・朝鮮人の強制連行とともにアイヌの歴史の掘り起こしに取り組んでいた。中央(東京)中心の歴史観ではなく、地域から見た歴史観を構築しようと。これらの人々に対する抑圧と差別、こうしたものにたいする厳しい見方をされていた。
 鶴保大臣は、まだ就任して日が浅いので沖縄や北海道の歴史をご存じないのかとも考えるが、それは善意の誤解ということかもしれない。法務大臣は、土人という言葉は差別用語にあたるとし、許すまじき発言と答えている(10月25日参院内閣委員会)。官僚が用意した答弁だろう。だから鶴保大臣は、あえて「差別であると断じることはできない」と答えたに違いない。
 前の沖縄・北方担当大臣もひどかったが、新しい大臣も先が思いやられる。

 

注:[旧]北海道旧土人保護法について
北海道庁アイヌ政策室HPから)
 日本国民への同化が目的政府は明治32年に「北海道旧土人保護法」を制定しました。これは、アイヌの人たちを日本国民に同化させることを目的に、土地を付与して農業を奨励することをはじめ、医療、生活扶助、教育などの保護対策をおこなうものでした。
しかし、和人の移住者に大量の土地を配分したあとで、新たに付与する良好な土地は少なく、付与された土地もその多くは、開墾できずに没収されたり、戦後の農地改革では他人に貸していた土地が強制買収されたりしました。
 また、その他の対策も必ずしも成果は上げられませんでした。
 法律は下記のように、漢字にカタカナの混じった文ですが、戦後も法律として効力をもち続けました。
 このうち、実際に機能していたのは、付与された土地を他人に譲渡する際に知事の許可を必要としたことと、共有財産を知事が管理することの規定のみでした。(共有財産とは、明治時代の漁場経営の収益金や宮内省からの教育資金としての御下賜金などの残りを積み立てていたものです。)
 また、昭和9年に制定され、旭川市における土地の処分について定めた「旭川市旧土人保護地処分法」も、土地の譲渡について旧土人保護法の規定を準用することを定めたことだけが機能していました。
 この二つの法律は、平成9年7月新法の施行に伴い廃止されました。