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瀬長亀次郎の沖縄違憲訴訟 人民党機関紙から(3)

 アメリカ帝国主義侵略者が沖縄に侵入してきたのは1945年4月である。それ以来今日までに実に22年にわたり、「平和」条約が結ばれ、発効したにもかかわらず、相変わらずアメリカは沖縄の軍事占領支配をつづけ、沖縄県民を軍事的植民地的支配のもとで苦しめ、搾取、収奪し、土地を武力で強奪し、民主主義と政治的自由を奪い、基本的人権すらふみにじっている。私は陳述の冒頭、本土・沖縄の往来の自由が基本的に許可制のもとで奪われていることを具体的事実をあげて述べた。ところが沖縄県内ですらアメリカ侵略軍は県民の往来の自由、歩行の自由を奪っている。
 具体的事実を二つだけあげる。
 ①全沖縄労働組合上原康助委員長)-全軍労―は、いま、沖縄基地で働いている労働者の生活向上と労働権をかちとるためにたたかっている。全軍労幹部が、基地労働者の経済要求をとりあげ宣伝活動をした。1967年4月11日基地に通ずる公道でビラを労働者に配った。ところがアメリカのMPは、上原康助委員長ほか組合指導者を不法に逮捕し、宜野湾市普天間の警察署に留置した。理由は軍布令に違反して、基地内でビラをまき、組合活動をしたというのである。しかしそれは事実に反する。そこは北谷村米軍基地ゲート前の公道であった。労働者をはじめ勤労県民の怒りは爆発した。警察当局も留置する法の根拠がないのでとうとう釈放せざるをえなかった。米軍も弾圧の口実をこれ以上見つけることができずに釈放に同意した。これは沖縄の労働者が基本的人権である労働権すら軍布令によって奪われ、しかも公道で歩行する自由を奪われていることを赤ん坊でもわかるように明らかにしている。

 

※瀬長さんがあげたもう一つの事実は、那覇市小禄の「黙認耕作地」の農民がパスをとりあげられ、窮地にたたされているというものである。次回に。