防衛大学校いじめ事件と改憲

 防衛大学校(神奈川県横須賀市)の学生が、寮で上級生からいじめや暴行を受け、退学に追い込まれた事件は、とても陰湿でした。この元学生は、自分のような被害が二度と起こらないようにと、現在、損害賠償請求訴訟をたたかっています。

                   ◇

 原告の被害男性は、2013年4月に入学し、横須賀の寮に入りました。そこで、上級生らに顔を殴られたり、アルコールを吹きかけられ体毛に火をつけられたりする暴行を受けました。体調を崩して休学し、福岡県に帰郷した後には、遺影のように加工した写真を「LINE」に流されるなどし、15年3月に退学に追い込まれました。

 寮では、1部屋に7、8人で生活します。「粗相ポイント制」というのがあり、それが事実上、いじめのしくみになりました。シャツにアイロンをかけたが、しわがよっていたなど,ささいなことを捉えて「粗相行為」として、それらポイントが一定数たまると罰ゲーム、いじめがまっています。

 風俗店に行かせられ,そこで性行為をした写真をSNS(インターネットの短文サイト)にアップすることを強要され,彼はそれを断りました。そうすると、上級生に逆らう反抗的なやつだとレッテルを貼られ、いじめが始まりました。「空気いす」といって、いすに座っているような格好を1時間以上させ、足が震えてくると足をけられ、倒れるとまたけられる。体毛にアルコールをかけられ、火をつけられる。ラー油を一気飲みさせられる、カップラーメンを生で食べさせられ、最後はおなかを踏みつけられた…。(以上、訴訟を担当している弁護士の話)

                   ◇

 なんともおぞましい事件です。「上官の命令は、朕(天皇)の命令と思え」といって絶対服従を強いられた旧日本兵の軍隊生活と瓜二つです。「皇軍」の亡霊が、今も受け継がれているというべきでしょうか。

 旧日本軍では、ボタン一つ無くしただけでも、たいへんな体罰を受けました。「粗相ポイント制」というのはなかったでしょうが、一人の人間から暴力によって徹底的に人格、人間性を剥がし取り、軍人に仕立て上げるという点は、今も昔も変わらないということでしょう。

 担当弁護士は、こうも話していました。「教官たちも防衛大学校を卒業して、みずからそういう経験をしていますので、これは伝統だという言い方をした教官もいます」

 「よき伝統」ならば、受け継いでいきたいものですが、日本国憲法に保障されているはずの人権を否定する「伝統」にしがみつくことはゆるされるものではありません。人権を否定する思想をたたきこむことを正当化することはできません。自衛隊が、基本的人権を否定する幹部で構成されているのであれば、そういう自衛隊日本国憲法に書き込むことは、きわめて大きな問題です。

 さらにそういう自衛隊に、自治体が無条件に個人情報を提供することも問題となります。

 災害救助に貢献している自衛隊だから、自衛隊の求めに自治体が協力するのは当然と考えてきた人もいるでしょう。しかし、この実態を前にしたとき、これまでと同じでいいか、考えざるを得ないのではないでしょうか。個人情報を入手した自衛隊は、「いろいろな免許がただで取れる」「給料がいい」などのダイレクトメールが送られてきて、受け取った若者が、個人の尊厳を尊重しない組織であることを知らずに入隊を希望する…そういうことにつながりかねないのです。

 自分の子どもや孫が、人格を認めない組織に入ることに不安を覚える人が増えるのは当然です。そのときに、個人情報の提供に不安を覚える人を無視して、“自衛隊にはお世話になっているのだから”と、自治体がこれまでのように個人情報を自衛隊に提供し続けることが適切といえるでしょうか。「徴兵係をさせられた戦前の市町村職員と同じではないか」-そういう批判も聞かれます。

                ◇

 防衛大学校には、年におよそ600人が入学します。そのうち200人近くが辞めています。毎年、数人の自殺者や自殺未遂者を出しています。

 「脱柵」といって、防衛大学校を途中で逃げ出そうとする人が十数人います。刑法犯といわれる傷害などの罪に問われる事件も相当数に上ります。

 過去には、自衛隊内で起きた事件がたびたび報道されました。上官が隊員にクレジットカードを出させお金を使ったとか、柔道の受け身も覚えていない新人隊員をしごいて死なせた……。

 自衛隊の入隊者が少なくなって久しいのですが、そうした自衛隊の「体質」も関係しているようです。

 こういう状況の中で出たのが、安倍首相発言です。

安倍晋三首相は、2月10日の自民党大会で「新規隊員募集に対して地方自治体の6割以上が協力を拒否している」「憲法自衛隊を明記して違憲論争に終止符を打とう」と述べました。

 「6割以上の拒否」はまったくの嘘。岩屋防衛相は、2日後、記者会見で「全国1741の市町村のうち、約4割(弱)が、(18歳および22歳の)年齢別、性別の氏名・住所のリストを作り、自衛隊地方協力本部)に提供している。約3割が該当情報を抽出して自衛隊に閲覧させ、自衛隊が書き写している。約2割が基本台帳全部を自衛隊が閲覧して該当情報を書き写している。残り約1割が協力していない。ただし、その大半は離島や過疎地。完全に拒否しているのは約1割(178)自治体中の5自治体」であることを明らかにしました。

 そもそも自治体には名簿提供の要求に応じる義務はありません。自衛隊法97条1項は「都道府県知事および市町村長は政令の定めるところにより自衛官および自衛官候補生の募集に関し必要があると認めるときは都道府県知事又は市町村長に対し必要な報告又は資料の提出を求めることができる」としているだけです。

 若者を自衛隊に多数募集するため自衛官適齢者名簿の作成を自治体に義務付けること、その名簿をもとに自衛官募集のダイレクトメールを送り戦争する国づくりの人的基盤を確保する―ここに安倍首相の狙いがあるのでしょう。そして、その最大の法的保障として、自衛隊憲法に書き込む、ということでしょう。

 防衛大学校のいじめ事件で浮き彫りになった人権を一切否定する自衛隊の実態と、安倍発言をつなぎ合わせてみるとき、自治体の個人情報提供は、見直されるべきだと結論できるのではないでしょうか。