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 沖縄の心一つに チムティーチナチ(1)

 沖縄県の翁長雄志知事は12月22日に政府が名護市の万国津梁館で開催した北部訓練場返還式典への出席を拒否し、その式典の1時間ほど後に同じ名護市で開かれたオスプレイ墜落に抗議する県民集会に出席した。知事のこの勇気ある決断に多くの県民が心を打たれ、励まされたことは疑いない。その知事の訴えは次の通りだ。

 

 オスプレイが墜落した名護市安部で無残な機体を見て、すぐそばに新基地ができると思うと、不安が今後も続くことに強い憤りを感じ、オスプレイが飛ぶことがないようにしたいとあらためて決意した。
 四軍調整官は抗議に訪れた副知事に対して、パイロットは陸上を避けて水上を目指したので感謝するべきだと話をした。これでは良き隣人と言うわけにはいかない。
 日本政府は米軍の要求を最優先し、わずか6日後の飛行再開を一方的に認めた。県民を日本国民と見ていないとしか受け止められず、信頼関係を大きく損ねるもので強い憤りを感じる。
 北部訓練場ではオスプレイが東村高江に近いヘリパッドで運用されるため極めて問題だ。政府が北部訓練場の返還式典を強行したのは、県民に寄り添う姿勢が見えないと言わざるを得ないため、沖縄県としての出席を取りやめた。
 辺野古新基地建設問題では、最高裁が県の上告を棄却する判決を出したが、高裁判決とは異なり「辺野古が唯一」とは認定しなかった。前知事の埋め立て承認を最大限尊重しているが、逆に言えば、私の今後の埋め立て承認変更などさまざまな権限行使について幅広い裁量権限の行使を認めたと思っている。
 私は法令にのっとり厳正に審査し、承認変更などの要件も判断する。米軍統治下の時代、苛烈を極めた米軍との自治権獲得闘争を粘り強く闘ってきた県民は、日米両政府が新基地建設を断念するまで闘い抜くと信じている。
 私は(オスプレイ配備撤回、普天間飛行場の閉鎖・返還、県内「移設」断念を求めた)「建白書」の精神に基づく「オール沖縄」の立場で県民との公約を守ろうと全力を尽くしてきた。今後も県が持つあらゆる手法で辺野古に新基地を造らせない公約実現に不退転の決意で取り組む。
 グスーヨー、ムルサーニ、チムティーチナチ、クワァーウマガヌタメニ、チャーシンマキテーナイビラン。新辺野古基地ツクラサングトゥシ、オスプレイウチナーカラウランナイビーン、カンナジツクラサンネー、チバラナヤーサイ

 (心を一つに子や孫のためにどうしても負けてはいけない。新辺野古基地を造らせないことで、オスプレイが沖縄からいなくなる。必ず造らさないように頑張りましょう)。

 

 オスプレイの墜落直前には、宜野座村で集落近くでの物資をつりさげたままの飛行訓練を昼夜数日にわたって訓練を繰り返していた。地元や県の抗議を無視し、激しい訓練を続ける中で、空中給油訓練中に事故を起こし、機体をコントロールできずに墜落したのである。米軍機墜落でいえば、2015年には津堅沖でヘリ墜落、今年に入って9月にハリアーが墜落。民家にこそ落ちてはいないが、紙一重だ。そして、事故原因が明らかにされないまま、飛行を再開する。稲田防衛大臣は、米軍のオスプレイ全面飛行再開通告にいとも簡単に同意した。機体の残骸もまだ海に残されたままで。