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ヘリパッドと翁長知事の真意(1)

 昨日(12月2日)、沖縄県の翁長雄志知事は退庁前、メディアが使っている用語「知事ぶら(ぶら下がり)」に応じた。報道各社は、11月28日の就任2周年のインタビューで知事が表現した「苦渋の選択」という言葉は、米軍北部訓練場のヘリパッド(実質的にはオスプレイ専用の着陸帯)建設容認ではなかったのか、知事は不本意な報道がされたと発言しているが真意を聞きたいということであった。知事はなぜ高江のヘリパッドを容認しないというのであれば、反対と言うべきではないのか、という意味も含んでいるのだろう。
 まず確認しておかなければならないのは、知事の考えはこれまでと変わっていないということである。日米政府の月中にはヘリパッドは完成する、返還式は12月22日に行うなどの大攻勢に押されてヘリパッド容認と考えを変えたと決めつけることは、事実に反するということである。知事は態度を変えてはいないが、ちょっとしたニュアンスで態度を変えたと受け取られかねない状況にはあった。
 「ヘリパッド建設は反対であり、受け入れられない」といえばわかりやすくなる。しかし、「建白書」の精神で県政運営にあたる知事とすれば、「オール沖縄」を形づくるさまざまな立場の人々、さまざまな考えの中から最大公約数をすくいとることにたえず腐心し、答えをださなければいけない。参院選伊波洋一さんが大差で勝利したにも関わらず、その直後に建設資材を運び始め、1週間後には抗議テントを撤去し、抗議参加者を排除した。500人と言われる県外機動隊を投入し、業者が基地内で作業できるよう万全の態勢をとった。このことを知事は「過剰警備」と言って強く批判した。さらにオスプレイの運用を想定した環境影響評価がなされていないとして再アセスを求めた。それら全体を「容認できない」と表現したのである。SACO合意に基づく返還の早期実現を求める県の立場からのぎりぎりの態度表明だったはずだ。
 翁長知事は、たびたび“基地問題の解決というのは、一筋縄ではいきませんよ、基地それぞれ歴史的経緯も違うし、現状も違う。だから、解決方法も一つひとつ違う。同じ言葉で表現はできませんよ”と言ってきた。
 辺野古は反対と明言し、高江は反対と明言しない、その違いはどこに由来するのか。知事がいうように歴史的経緯や現状を簡単に押さえてみよう。
 辺野古の場合、翁長知事は新辺野古基地は造らせないと公約に明記し、当選後は、県政運営上の最重点課題と明確に位置付けた。実際に、前知事の埋め立て承認を検証するとして第三者委員会を発足させ、答申を最大限尊重するとしっかり受け止め、埋め立て承認を取り消した。さらに、政府が起こした裁判では、答申を自分の血肉にして県の立場を堂々と主張した。「あらゆる手段を使って新辺野古基地は造らせない」という主張を通し続けることができるのは、世論の後押しである。名護の市民投票で新基地ノーの世論が形成され、さらに新基地建設反対を掲げる稲嶺市長を当選させたことである。これが、その後のオール沖縄県政を造り出した。理論的には、普天間基地辺野古への移設と日米政府はいうが、それがまやかしであり、強襲揚陸艦の出撃拠点となること、弾薬庫もでき、オスプレイも飛ぶ、最新鋭の機能を持つ、普天間基地と比べ格段に強化された基地に生まれ変わる―このことが県民の中である程度の共通認識になりつつあるということも大きな要素になっているだろう。
 では、高江はどうか。
 「高江と辺野古は一体にとらえるべきだ」と指摘する人たちからよく聞くのは、「辺野古ほどには認知されていない」ということだ。東村の村長選では、ヘリパッドに異を唱える候補がわずかに及ばなかった。この民意度の差は大きいだろう。米軍が使っていない部分の返還だから米軍はいろいろ条件を付けずにさっさと返せと県民一丸となって主張する状況には遠い。
 反対と表明していないからと言って容認したと取るのは早計だ。運動する立場と行政の立場と言うこともある。