緒方靖夫さんが語る瀬長亀次郎さん

 日本共産党国際委員会責任者の緒方靖夫さんが11月2日、来県され、豊見城市内で講演された。高知でお会いして以来のことだから10年ぶりだろうか。お話で期待していたのは中国のことだが、共産党大会決議案の作成に携わっておいでだろうから、関係方面での熱い議論を踏まえて話されることもあろうと思っていた。たとえ議論の途中経過ですべてをお話になるわけではなく、触りに過ぎない範囲にとどめてのことではあろうが、と思っていたが、それでもこれまでになく踏み込んで中国問題をどうみるか、解明されるとの印象である。
 今では中国メディアの報道など読む時間も無くなっているが、数年前まではそれなりに読んでいた。「和偕」という言葉が頻繁に使われていたころである。字面からいえば「共同社会」の意味に近いかもしれないが、GDPで日本を抜き、世界2になったころであり、力の弱い中国という時代は過去の話だといい、尖閣でも実効支配を目指すようになり、中国国内では格差社会が著しくひどくなった。北京から石家庄まで深刻な大気汚染に覆われていた。天安門事件直後は、表現の自由が全くないと言われていたが、このころは、日常会話の中で中国共産党批判をやっても公安ににらまれるようなことはなくなったということだったただ、ネットでの検閲などはかなりやられていて、パソコンに詳しい人は、いろいろ工夫して情報を得ているが、そうでない人はなかなか情報が得られないよと、北京の学生から聞いたこともあった。そして「中国共産党に入る人は、マルクス・レーニン主義の実現を目指すのではなく、一定の地位を得たいためだ」という話も聞いた。これらはあくまで断片的な情報に過ぎないが、「社会主義をめざしている」国だとは全く感じなかった。
今はもっと日本との経済的な「力」の開きも大きくなった。だからかつてなく覇権主義的な態度を強めているのだろう。日本共産党の中国に対する最新の分析を心待ちにするものである。

 緒方さんが語られた今日の沖縄をどうみるか、これも非常に面白い講和であった。その部分をかなり詳しく紹介する。
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 不屈館が開館されてから行きたいとずっと思っていました。それで今日はまず不屈館に訪問しました。瀬長さんに特別の思いがあるのは、瀬長さんが国会議員になられて党の副委員長として外国にお供しているんですよ。イタリア共産党大会に行きました。通訳として同行したとき、瀬長さんからいろんな話を聞いて、スケールの大きさ、それから瀬長さんの人気、イタリアに行くとき、アンカレッジに泊まったときに、街を歩いたんですね。そしたら、みんな集まってくるんですね。沖縄の出身だと。面白いことがあるんですね。アメリカに行くことになったとき、そのときぼくに聞くんですね。緒方君、ピザは出たかね。ビザなんですけどね。ベトナムに行って、キューバに行って、そういうところがとても性に合ったんですね。気候も沖縄と同じなんだよというような話をされて、印象に残っています。
展示を見た中で印象に残ったのは「宇宙がある限りたたかいは前進する」。すごいですね、こういう発想はできない。
 もう一つ学んだのは、民主主義の問題です。瀬長さんがいう民主主義という言葉は、こんなに重いんだということを何人も証言されています。ポツダム宣言、これは基本的人権と民主主義の尊重、これを大事にした。アメリカ占領軍の横暴に対しては、ハーグの陸軍条約、この規定で占領者は、被占領国民にたいしてしてはならないという条項があるんですけども、それに従うと。瀬長さんのたたかいは、民主主義が根本にあってたたかった。
 いまのたたかい、ことばにいいつくせないくらい常軌を逸した強権的なやり方、すべて民主主義に反する。そして民主主義で団結してオール沖縄が出来ている。そのことを、展示を見ながら一番学んだわけです。全国的には野党共闘を進めていますけれども、その野党共闘も、実はふらふらしたり、いろんな問題がある。それでもそれをやっていく構えです。それは沖縄の経験なんですよ。沖縄の経験にはくめどもくめども尽きない大きな教訓がある。大きな学びがある。それが僕たちの気持ちなんです。
そういうことを考えたときに、沖縄への攻撃は、全土を戦場化することにある。ですから沖縄のたたかいというのは全国で戦場化を阻止するたたかいだと思っています。連帯というよりも、一体のたたかいと考えてやっていきたいと思っています。
 たたかいが情勢を変え展望を生み出す。そして勝利を生み出す、それが鉄則と述べられていました。祖国復帰のたたかいを考えてみますと、アメリカの文書を読むとわかるんですけれども、沖縄のたたかいが、ポイント・オブ・ノー・リターン、ひきかえしができないところまで来てしまっている。いいかえれば沸騰点に達したと。だからこのままにしていたら基地の存続さえ危うくなると。アメリカは、そういう認識をしたんですね。アメリカは、極秘裏に世論調査をして、沖縄で何割の人が基地に反対しているのかを調べました。そして「ポイント・オブ・ノー・リターンにある」ということを1969年の時点で判断しています。そしてサンフランシスコ条約の規定さえも変える、そういうことが起こるんですね。
 その中でアメリカが重視したことというのは、沖縄から自由出撃、つまり基地を維持すること、瀬長さんが怒りを込めて糾弾したことです。それと有事の核持ち込み、それにくわえて経費の問題。日本からふんだくる―そういう3つの目標を立てたんですね。それと同時にアメリカは、人民の自決権の擁護者として国際的にアピールできる、そのことを踏んだんですね。大宣伝の場にしようと。そういうことをやりながら、厄介な問題は日本政府に押し付ける。そういう計算をして進めたんです。
 ニューヨーク・タイムズが「沖縄県民の意志の否定」という社説を書いたことがあります。少し引用すると、「沖縄県民の怒りの核心にあるのは、巨大な不正義だ」と書き始め、沖縄の歴史に触れた後、「この島は、上から下まで軍事基地―沖縄県民から奪った土地に建設された―と戦争用装備と軍隊に由来する問題によって窒息させられている。騒音、致命的事故そして米兵による女性への暴行だ」と述べている。これ、アメリカの社説なんですよ。こうやってきちっと現状を見ている。そして最後の2行がとても大事で、「日本と米国は、平和、人権、民主主義を堅持する国だと自認している。この主張は、辺野古の行き詰まりを解決できないことによって、試されている」。要するにニューヨーク・タイムズの主張というのは、民主主義の問題として問題を提起している。
 この押し出しは一番大事だし、瀬長さんが身をもってたたかったそのたたかいだと思いますね。民主主義の問題として押し出している。これはアメリカにとって一番弱いところです。民主主義の問題は、アメリカのアキレス腱なんです。
 自分が民主主義の国だと言っているんですから、それを否定しちゃうことになったら、何なのと言われかねないことになる。
 アメリカの国というのは、沖縄問題を含めてあらゆるシミュレーション、選択肢を用意している。日本政府が辺野古しかないと言っている限りは、日本政府を困らせるようなことはしない。しかしアメリカの政府と高官は、そういうことをみんな見ている。だからやめた人はみんないう。
 ジュセフ・ナイ。この方はペンタゴンの高官だった人。今から2年前に辺野古移転について「長期的な解決にならない。固定化された基地はぜい弱だ」という。それからカート・キャンベル。去年の6月に国務省の次官補をやめた人ですけれども、やめた直後に何を言い出したかというと、「どんな合意でも沖縄県民や人民の支持が得られなければならない。このような反対意見が出ることは、われわれにとって立ち止まり考えさせられる状況だ」。
 翁長知事がワシントンに行って米国人が直接話を聞いたことはとてもいい機会だったんですけれども、今のアメリカの人たちは沖縄のことを知らない。沖縄のことを知ってほしいということをキャンベルは行っているんです。これはたいへん興味深い発言です。
きょう瀬長さんのとても大事な言葉が心にしみました。「民衆の憎しみに包囲された軍事基地の価値はゼロに等しい」。まさにこれなんですね。アメリカは分かっているわけです。これがわかっているから、民衆がどういうことを考えているかということをくんで祖国復帰に踏み切ったわけです。今度は辺野古の問題。新たに基地を押し付けるという問題で、ヘリパッドを押し付けるという問題で、新たなノー・リターンが生まれる、それが沖縄の状況だろうと思います。
 ケネディー大使が移転先として辺野古が最適だといったことにたいして、アメリカの知識人がずらりと反論を載せました。そのなかにノートン・ハルという名前を発見して、はっとした。かれは、ペンタゴン沖縄返還交渉の時に、非常に悪い役割を果たした人です。日本の若泉敬さんという方が、佐藤首相の特使として仕事をしたときに、若泉さんと何度も打ち合わせをした人です。その人がケネディー大使に抗議している。これはすばらしい。
 秘密保護法が通されたときにもこの方が反対したんですね。僕は警察から電話盗聴を受けた。裁判に勝ちましたけれども、そのためにアメリカに行脚に行ったんです。ニューヨーク・タイムズに、キッシンジャーがかつてホワイトハウスの自分の部下に対して盗聴器を仕掛けた。その裁判をやっていた4人に対して謝罪したという記事が出ていた。その一人がノートン・ハル。すぐ電話して、合いたい、私は電話盗聴の被害者だと言ったら会いましょうと言って、カーネギー財団の上級研究員だった。かれは支配層の一人だが、盗聴反対という点では一致した。
 沖縄の現状をアメリカ国民に知らせる、そしてまた、国連人権委員会に対しても問題提起をしていく。知らせながら県内の闘いを大きく発展させながら再びポイント・オブ・ノー・リターン。情勢の沸騰点、転換点をつくること、そういうことを進めていくことがとても大事なんじゃないかなと思っているところです。
 
 含蓄あるお話でした。