オスプレイとコウモリ(2)

 航空機による低周波被害については、裁判ですでに認定されている。日弁連が2013年12月にまとめた「低周波音被害の研究と十分な規制基準を求める意見書」に福岡高裁那覇支部判決が紹介されている(平成22年7月29日普天間米軍基地爆音差止等請求控訴事件判決)。
 「低周波音の心身に対する影響については,その発生機序や被害の程度が科学的に解明されているとまではいえないものの,少なくとも,上記のような知見が蓄積された現在においては,低周波音を含む騒音に曝露された場合には,低周波音を含まない騒音に曝露された場合に比して,心身に対する騒音被害が一層深刻化するという経験則が見いだされるに至ったものというべきである」と認定し,損害賠償義務を認めた。

 この意見書は風力発電低周波被害の訴えが淡路島住民からあり、日弁連がチームをつくって調査し、まとめた。そのうち、低周波音問題の歴史的流れと被害像について、要約する。
低周波音問題の流れ]
 1960年代頃から工場から漏れる低周波音が耳鳴りや頭痛,不眠などの健康被害をもたらすことが問題になりはじめた。工場の送風機,集塵機,冷暖房機,乾燥機,ポンプ,ディーゼルエンジン,コンプレッサー,コンベヤー,破砕機,ボイラー,燃焼炉などの大型の機器・設備や建設工事現場などが主たる音源であり,低周波音成分や超低周波音を含んだ騒音や振動が問題の主体であった。
 輸送機器による被害についても問題となった。西名阪自動車道香芝高架橋の部分に騒音対策として防音壁をつけたところ,防音壁も一緒に振動し低周波音が発生した。 1993年頃に新幹線に「のぞみ」が導入され,トンネル突入時に発生する低周波音による苦情が増加した。
 航空機による被害については普天間基地の米軍機による被害が挙げられる。沖縄の米軍普天間飛行場沖縄県宜野湾市)周辺住民約400人が米軍機の騒音で被害を受けているとして,国を相手に夜間・早朝の飛行差止めと損害賠償などを求める訴訟を起こした普天間爆音訴訟は、2002年、那覇地方裁判所沖縄支部に提起され、2010年の控訴審でヘリコプターから生じる特有の低周波音も被害として認められた。
 風力発電の場合、2006年頃から不眠、肩こり、耳鳴りなど、自律神経失調症を思わせる被害が報告されるようになった。日弁連公害対策・環境保全委員会低周波騒音被害問題に関するプロジェクトチームが2011年12月10日に愛媛県西宇和郡伊方町(旧・三崎町)、2012年4月5日に和歌山県日高郡由良町風力発電用風車による低周波音の被害を訴える住民から直接聞き取り調査を行った。被害者はほぼ一様に風力発電所の運転開始とともに健康被害が生じたと語り,運転が停止している時は比較的症状が軽減されると説明した。被害の内容として、不眠、だるさ、脳が揺すられる感じ、圧迫感、耳鳴り、体のだるさ、集中力不足、首や頭が重いなどの症状がある。異口同音に、風車が止まると体が楽になるという。


 また、同意見書は、低周波音被害の特徴を次のようにまとめている。
 被害像 騒音が一般に「やかましい」という訴えに集約されるのに対し,低周波音では不定愁といわれる身体異常がみられる。低周波音による被害を訴える人々は,頭痛・不眠・イライラ・肩こり・動悸・胸の圧迫感・めまい・耳鳴り・両手のしびれなど,多様な不定愁訴を訴えることが多い。
 発生時期 騒音の場合は音源があれば直ちに耳で感じることができるが,低周波音被害の場合は長期間暴露の後に感じるようになり症状が出ることが多い。
 経過 騒音は時間の経過によりある程度慣れるのに対し,低周波音被害の場合には症状が悪化し,鋭敏化することがある。
 個人差 誰でも同じように感じる騒音と異なり,低周波音では,低周波音を感じる人と感じない人がいる。感覚閾値(音を感じる下限の値とされる。)について個人差があることが分かっている。この点,1978年に作成された環境庁委託業務結果報告書では,特に敏感な被験者は「健常者」(注・同報告書の表記による。)よりも20%程度も感覚閾値が低かったと報告されている。
距離減衰 騒音は距離が長くなるに連れて減衰が顕著であるが、低周波音はかなり遠くまで届く。
 マスキング 低周波音被害者は低周波音を感じると窓を閉めるのではなく、窓を開ける行動をとる。これは低周波音が普通騒音によってマスキングされ緩和されるためだと思われる。
 隔壁 騒音は吸収・反射が著明であるが,低周波音は貫通性・回折性が高い。そのため、通常の隔壁対策をすると普通,騒音の低下によってマスキング効果の低下を招き、低周波音だけが到達し、逆効果となる。低周波音に対しては耳栓も効果がなく、むしろ、耳栓により騒音が小さくなる結果、低周波音がより顕著となり被害が悪化することもある。
 外因性 低周波音による症状は、被害者が家を出て他所に出かけるなど暴露環境から出ると症状がなくなり、暴露環境に戻ってくると症状が出る。

 同意見書は、「低周波音被害は低周波音に長期間暴露したために生じる外因性の自律神経失調症候群である。疾病であるからには、その判断基準は、被害者の健康状態に目を向けた、医学的判断であるべきである。低周波音被害の生理的なメカニズムについてはまだ医学的なコンセンサスが得られているとは言い難い状況ではあるが、人が低周波音を知覚していることについてほとんど争いはなく、聴覚として聞こえるか聞こえないかを問わず低周波音をストレスとする自律神経失調であるという説明は十分に説得的である。とりわけ、低周波音被害者が暴露場所を出て他所に出かけると症状がなくなり、暴露環境に戻ってくると症状が出るということは、暴露と被害(症状)の因果関係を強く推認させる」と結論付けている。