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沖縄戦訴訟控訴によせて(3)

 中国人強制連行訴訟西松安野案件にたいする最高裁判決を見てみよう。
 西松建設は、戦時中、中国大陸から中国人を連行してきて広島県(安野)と新潟県信濃川)で発電所建設などに従事させた。そのうちの広島県の強制労働事案である。広島高裁は、同社の安全配慮義務違反を認定し、原告だけに限定せず、同じ事業所に連行された全員にたいする賠償を命じた。これを不服として西松建設も国も上告した。
 最高裁第二小法廷は2007年4月27日、広島高等裁判所の判決を破棄し、強制連行被害者らからの請求を棄却した。理由は、強制連行被害者らが有していた損害賠償請求権は、1972年9月29日の「日中共同声明」及び、1978年8月12日の「日中平和友好条約」により、中国政府が請求権を放棄しており、もはや裁判上の請求権は存在しないというところにあるというものだった。
 西松安野裁判の被害者側弁護団の内田雅敏(弁護士)は、最高裁判決を「1980年代末からの従軍慰安婦、強制連行、空爆被害など戦争被害を理由とする、いわゆる戦後補償請求裁判をめぐって下級審で積み上げられてきた論議を一気に突き崩すものである」と激しく批判した。
 「下級審で積み上げてきた」内容は、▽強制連行などの被害事実を確認し、安全配慮義務違反を認定▽時効、除斥など「時の壁」を突き崩した▽「国家無答責」を退けた―というものであった。
 これが一連の戦後補償裁判の歩みであった。それゆえ、よもや「沖縄戦」裁判で「国家無答責」を根拠に政府が救済義務を免責されるようなことはないだろうと予想していた。

 最高裁は判決の末尾に、国と企業に問題解決の努力も求めた。
 「サンフランシスコ平和条約の枠組みにおいても、個別具体的な請求権について債務者側において任意の自発的な対応をすることは妨げられないところ、本件被害者らの被った精神的・肉体的苦痛が極めて大きかった一方、上告人は前述したような勤務条件で中国人労働者らを強制労働に従事させて相応の利益を受け、更に前記の補償金を取得しているなどの諸般の事情にかんがみると、上告人を含む関係者において、本件被害者らの被害の救済に向けた努力をすることが期待されるところである」
 

 最高裁は、人道上、問題の解決をしなくては世界からも日本社会からも理解をえられないということを理解していたのだろう。
 その後、西松建設会社更生法の適用に迫られた。そこで会社上層部は、再建のために過去の負の遺産を清算するため、最高裁判決付言に従って、中国人強制連行被害者にたいし和解協議を申し出た。簡易裁判所のもとで両者は話し合い、被害救済のための基金をつくることで合意し、西松建設の安野事業所および信濃川事業所で強制労働をさせられた被害者全員を対象とする救済が図られることになった。

 最高裁判決の直後は、批判の声しか聞こえなかったが、半年くらいしてからだったか、「付言」を足掛かりに強制連行企業との交渉による解決の道を探求しようということを複数の弁護士から聞くようになった。判決の勝ち負けは重要だが、それだけではなく、裁判所が各論点にたいする判断もまた、その後のたたかいの足掛かりになるということだろう。

 「沖縄戦」訴訟の判決文を読んだが、今後の前進の足掛かりになるようなものはおそらく、何一つなかったのではないか。それが、原告団、原告弁護団の一致した見方だったのだろう。