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西松安野の生存者・邵義誠さんを訪ねて(5)

「大変だったのは、作業時、冷たい水の中から石を取ったことだ」と言う。その石は、堰堤を築くのにも使われた。川底はすべりやすく、作業中に邵さん転んで足をけがした。けがが直接の原因というより、その後の治療の不十分さによって重い皮膚病を患ったという。傷口から感染したのだろう。

「1944年12月ころ、重い皮膚病になり、水ぶくれが全身に広がった。同じように病気になった者が収容所の片隅に集められ、板で仕切り、そこに寝かされた。初めは2人だったが、後で4人になった。仕事に出られたときは、1日3回の食事で1回に2個のマントウが食べられたが、働けなくなると1回に1個に減らされた。45年3月、同じ病気になった4人は、会社が用意した船で帰国することになった。船中、1人が死亡した。塘沽港に着いたが、日本では寝たきりだったので、歩くのに苦労し、やっとの思いで自宅に帰った」。