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熊谷組与瀬作業所の孫式恒さんの証言(18)

 ――孫さんの回想録に頭の狂った大学出身の八路兵のことが出てきましたが、その人のことについて詳しく教えてください。

 (孫)どの大学かは知りませんが、この人は文化があり、大隊部で仕事をしていましたが、この人は回りの人と違っていました。他の人は日本人のために働きましたが、この人は頭が狂っていて、日本人のために働きませんでした。

 ――彼が、山の上から連結した車を放した。車は、猛スピード転がっていき、脱線した。それを見ていた労工たちは、喜んでもう1回やれと拍手したと、ある労工が回想録で述べていますが、そういうことを見たか、聞いたか、しましたか。

 (孫)すごく早かったので、火花が飛び散った。喜んで見ていました。そうそう、もう1回やれ、と。わざと連結部のねじを緩めていたのです。

   注:朱文斌によれば、この「大学出身の八路兵」は、李洪(日本での名前は、李洪声)。山西陕西から来た5人の共産党員と連絡をとり、学習・研究組(秘密の共産党組織)をつくり、生産手段の破壊活動などをたびたびおこなっていた。