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第6回大府追悼式典での冨田事務局長の「経過報告」

「みかん畑の大きなテント 第4号」に掲載されている第6回大府追悼式典での冨田事務局長の「経過報告」は次のとおりです。

 

経過報告

      愛知・大府飛行場中国人強制連行被害者を支援する会事務局長

      冨田好弘

大変お忙しい中、ご参加くださいましてありがとうございます。心から感謝を申し上げます。

昨年9月14日に第5回追悼式典を中国から遺族など招待して開催しました。

それに先駆けて、遺族代表含めて札幌の岩田地崎建設本社で交渉を行いました。愛知から参加した7名と遺族の宋殿挙さんなど10数人が会社代表と交渉。宋殿挙さんは「兄がなぜ、なくなったのか。説明もない。」と詰め寄りました。申し入れは事実の説明、謝罪、補償でした。

調査と交流はイトムカ、置戸、平岸などで関係者の案内で現場に入り残酷な労働が目に浮かぶ様でした。国策として閣議決定で中国人約4万人を強制連行して日本へ、その内約7000人を帰国までに死亡させた歴史的な戦争犯罪事件です。大府飛行場に強制連行された中国人は、出発時には496名、帰国時までに31名も死亡し、大府飛行場では5名の死亡者を出しました。帰国できたのは465名でした。

遺族の申し入れに対して昨年10月10日に岩田地|崎建設から回答がきました。その内容は「解決済」という従来の立場と変わりませんでした。

「支援する会」はただちに抗議声明を出し岩田地崎建設へ再度申し入れを行いましたが現在に至るも回答がありません。今回の追悼式典へ会社代表の参加と供花を要請しました。

また残念ながらこの取り組みの先頭に立って頂いていた南守夫元愛知教育大学教授が今年の1月に急逝され支援する会の活動が困難に直面しました。しかしそれ以後も役員会を積み重ね全国の共に闘うみなさんと県民の中へ訴えを継続してきました。是非皆さんの中から「これらの取り組みに協力するよ」と声をあげて頂きますことを期待します。

大府飛行場の調査と学習は2007年から始めました、今年も3回の現地調査で新たな事実が確認されました。それは地元の方の努力で元滑走路跡が広い範囲で現在も生活の中に多く残されているという事実です。本日の午前中の現地調査でも確認してきました。

7月20日に開催された愛知私学サマセミナーで伊藤代表委員が「大府飛行場における中国人強制連行」について報告しました。二つの高校のグループが参加してきたことは重要なことだと思います。

8月12日には「あいち平和のための戦争展」では、数年調査を続けてこられた、ジャーナリストの尾崎吉彦氏が「中国人強制連行の調査から特別報告」を70名の参加者で行いました。

そして第6回追悼式典の準備に入りこれまでに7000枚のチラシを作成し、ご案内と参加呼びかけを地元と県内の各界各分野の団体個人に働きかけ今日の追悼式典となりました。

支援する会の会員は1年前約100名でしたが現在160名となりましたがさらに努力が必要です。

内外情勢は厳しいものがありますが愛知で存在した歴史的事実の重さから目をそむけず、中国人強制連行問題を他の戦争被害救済と合わせて取り組むことが求められています。

「支援する会」、は強制連行の被害者の解決を迫る中国、韓国での運動と連帯して取り組みを盛りあげ、企業と固に対してねばり強く取り組んで、要求を実現させる決意です。

同時に「二度と戦争をしない、できない国」をめざした運動と連帯してご一緒に奮闘しようではありませんか。以上でこの1年間の活動経過報告とします。ありがとうございました。