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天津在日殉難烈士紀念館を訪ねて(2)

 

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 オフィスのパソコンで31名の名前を検索していただきました。12名の名前が出てきましたが、すべて南さんの「遺骨所在地一覧」で確認されていた名前でした。

 整理番号をメモして、遺骨安置室に向かいました。1950年代、60年代の遺骨送還で中国に届けられた遺骨2316人分が安置されています。棚の両側に遺骨箱が並べられており、一つひとつに番号がつけられています。棚は9段あり、高いところにある遺骨箱を見るには、脚立を使うことになります。

 

 「2316」は、館のスタッフから聞いた数字で、遺骨箱の数だとのことです。「公式には、遺骨箱の数で発表しています。人数ではありません。一つの箱に6人とか8人とか入っているものもあるからです」

 「大府飛行場中国人強制連行・強制労働問題の概要について」(南守夫)は、<『中国人強制連行の記録』(石飛仁)の推定では「2822」、2009年の同紀念館のパンフレットは「2316」>と、二つの数を紹介しています。また、「在日殉难中国劳工的骨灰回到祖国怀抱」(老田裕美)は、<1953年7月から1964年11月までにあわせて2863人の遺骨が9回にわたって故郷に返され、天津に永眠している。現存の遺骨は、名前も原籍もあるもの401人,名前はあるが原籍が不明1671人、名前も原籍もないもの246人で、合計2316人>としています。