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相模湖の中国人強制連行(9)

 1944年4月9日、突然、身体検査がおこなわれました。日本人の医務員が顔を見て、体格のいいものを選び、身長、体重、体力、握力などを測りました。別のところに配置換えになるのだろうと推測したが、この"閻魔殿"さえ離れられればいいと思っていたそうです。新華院に収容されている1200名余のうち、100名が選び出された。黄色い服を灰色の服に取り換え、ズボンも2本支給されました。4月10日、北京清華園から連行されてきた200名の労工と一緒に列車で青島に送られました。

 「青島へ行く途中、1人が列車から飛び降りて逃走をはかった。列車は停まり、逃亡した人は捕まえられ連れもどされ、ひどく殴られた」

青島で4、5日して乗船。この時、はじめて日本に連行されることが分かりました。

 「乗ったのは日本の"日快丸"という貨物船だ。船には大砲があり、途中何度も実弾を放った。船倉には鉱石が積まれていた。海上を5、6日漂流したが、食べるのも寝るのもすべて鉱石の山の上だ。下関で船を降りたが、300人は292人になった。4人は鉱石の上で亡くなり、海に投げ入れられた。あとの4人は行方が分からない」