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相模湖の中国人強制連行(8)

 済南新華院に収容された中国人は、ときには新華院周辺で労働をさせられることもありました。朱文斌の場合は、済南洛口橋の南西約3キロの山上に連れて行かれ、倉庫を建てる作業に従事しました。朱文斌は、「地下溝を掘り、地ならしをした。日本に連行される前の日までずっと働かされた」と語っています。

新華院では、たえずなぐられたといいます。

 「仕事中、力を出していないと殴られた。日本人の前で敬礼しないと殴られた。日本の将校・士官が来たとき、気をつけと大きな声で言わないと殴られた。夜間に大小便に行く時、報告しないと殴られた。ご飯を受け取り、水を汲む時、整列しないと殴られた」

 日本兵がなぐるとき、手にしているものはどんなものでも振りおろしました。銃把、革製のむち、鉄の棒。溝を掘る鍬であっても。