イトムカ探訪(9)

『思い出のイトムカ』というイトムカ鉱山閉山40周年記念文集には、イトムカ鉱山で働いた北村元伸氏の回想が掲載されています。

    イトムカ鉱山ならではの保安対策は何と云っても、汞毒症対策である。そのため、自然通気でなく、炭鉱同様に大型扇風機によるところの強制通気で新鮮空気の各切羽への配風と水銀ガスの排除を行ったこと。かつ坑内夫全員カーボン入りのマスクを配布し、装着するようせしめたことである。マスクをすれば空気抵抗があるから重労働では少々苦しくなる。だが着けなければならない。特にガスの多い切羽や、粉塵発生の多い作業には装着する様に指示徹底させるのが係員の役目でもあった。その他の対策に毎月二度、坑内夫には健康診断がある。前以て各家庭に採尿ピンが配布されて、各人の尿を検査される。尿中の水銀量を測定するのである。身体検査では体重測定、神経系の平衡感覚や手の震え等を調べる。高さ三十センチ位の平衡台の上を歩かせたり、両手を伸ばして前に指し出させて神経が冒されていないかどうかを調べる。歯科も病気の有無を点検する。以上のような身体検査の結果を元にして作業員の配置転換等の番割変えを行う。不思議なことに緊張すると手、指が震えるが、一杯飲むとピタット止まる。神経過敏症なのだろう。…予防は身体検査によっての職場、作業現場の配置変えである。同じ坑内でもガスが多い採掘切羽でなく、少ない切羽とか坑道掘進切羽へ香割変えや坑外へ配置転換し、ひどい症状の者は入院することになる。どんな治療が行われているかは判らないが、私が観察したところでは、投薬と点滴、栄養補給と終日静養しているようだ。すると体内の水銀が排出されて、体重も増え、丸々と太って現場に戻って来る。失礼かもしれないが、まるで風船の様だと思ったものだ。先ず坑外作業で体力をつけ、そして又坑内作業に復帰する。ここは無機水銀だから排出されるのだろうと云われた。私自身も、ある時尿に二千ガンマー検出されたことがあった。その時の自覚症状は、膝がガクガクし、歩きづらく、怠いだけだった。