沖縄戦国家賠償訴訟 最高裁が棄却

 最高裁判所第三小法廷は2018年9月11日、沖縄戦国家賠償訴訟について上告棄却を決定しました。棄却理由は、「(上告者は)違憲をいうが、その実質は事実誤認又は単なる法令違反を主張するものであって、明らかに上記各項に規定する事由(民訴法312条1項文は2項)に該当しない」としています。裁判官全員一致の意見。

 被害者らは、米日両軍がおこなった地上戦により、多数の一般住民が犠牲となったが、①旧日本軍の行った軍事的公権力の行使である戦闘行為が、特別な危険を創出した②日本軍による住民をスパイ視し殺害、避難壕追い出し、壕内で泣き叫ぶ乳幼児を殺害するよう親に強制するなど、戦争遂行中とはいえ、国民保護義務に違反する不法行為が多数行われたこと③長期間にわたり救済法を制定せず、被害を放置し続けた不作為の違法ーを問うてきました。立法不作為については、人権侵害の重大性と継続性、立法義務の存在、合理的期間を超えていることを指摘し、2005年に最高裁が在外日本人選挙権剥奪違法確認請求事件で違憲と判断した3要件を満たしていると主張しています。

 沖縄戦訴訟弁護団は、抗議声明を出す意向です。

迫る沖縄知事選

 沖縄県知事選挙が目前に迫っている(9月13日告示、30日投票)。主要メディアは、冷淡だが、都内で開かれている市民集会を覗くとそうでもなく、関心が高まっているようだ。

 知事選に先駆けて9日開票された名護市議選では、定数1減のなか、与党は現状維持の13人、野党は1人減の12人、中立1人となった。2月に誕生した渡具知市長は、この間、与野党拮抗する議会にあって、苦しい市政運営を迫られてきた。その状況は基本的に変わらない。とくに、辺野古新基地建設を巡っては、反対を表明していた議員が賛成を大きく上回った。この結果を見る限り、知事選も、玉城デニー氏と佐喜真淳元宜野湾市長との激しいデッドヒートが繰り広げられていくだろう。

知事選の最大の争点は、佐喜真氏がどのような選挙戦術をとろうが、辺野古新基地建設の是非であることは疑いない。

今年初めの名護市長選挙で自民が推す新人候補が当選したとき、安倍首相は、辺野古新基地建設に反対する現職の稲嶺進氏を破ったことに狂喜し、「名護市民に感謝する」とコメントした。一地方の選挙に自分の首をかけたかのような執心ぶりだった。今回も政権が激しく動いている。菅官房長官は沖縄に入り、「選挙戦のすべりだしが肝心。名護市長選では、初めは鈍かったが、開けてみたら大差で勝った」と語ったという。また、自民と公明の連合について、「公明党はやるとなったらとことんやり、大きな力を発揮する」とも言ったという。翁長さんの弔い選挙だからデニーさんになるというような甘い見方をしていたらとんでもないことになる。

安倍政権が表に出れば出るほど、辺野古に焦点があたることになるが、それだけではない。沖縄県が仲井真元知事の埋め立て承認を撤回したことも、大きい。撤回の会見をおこなった謝花副知事は、くりかえし、純然たる行政手続きだと語ったが、県政の命運をかけた決断だ。謝花副知事は、撤回処分に対して防衛局から反論を聞いた聴聞手続きの結果として(1)事前協議を行わずに工事を開始した違法行為(2)軟弱地盤、活断層、高さ制限および返還条件など承認後に判明した問題(3)承認後に策定したサンゴやジュゴンなどの環境保全対策の問題―が認められ、違法な状態を放置できないという行政の原理の観点から、承認取り消しが相当であると判断したと述べた。

政府は、撤回の効力を止める執行停止などを裁判所に求める法的な対抗措置を検討しているとされているが、はっきりした動きは今のところない。選挙にマイナスにならないよう動きを止め、選挙後に一気に動きだす腹であろう。

それゆえ、候補者は、撤回にどのように対応するのかを県民に示す義務がある。玉城氏は、県の決断を断固支持すると明言した。佐喜真氏は、現段階での県の判断とし、その判断の根拠について十分承知していないとしている。両者の違いは鮮明である。

 それにしても、翁長知事の撤回にかける思いは、県民を大きく揺さぶった。妻・樹子さんは、地元紙にこう語った。

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 沖縄県の翁長雄志知事の死去から8日で1カ月を迎える。政治生活を二人三脚で支えてきた妻、樹(みき)子(こ)さん(62)は、那覇市長時代に胃がんを克服した翁長氏が、今度も病魔に打ち勝つと希望を捨てなかった。しかし、壮絶な闘病を世間に隠してまで公約を貫こうとする夫の姿に、政治家の妻としての思いは揺れ動いた。埋め立て承認撤回が目前までたどり着き、樹(みき)子さんは「後の命は要りませんから、撤回まで人前で真っすぐ立てるようにしてください」と主治医にすがっていた。

 翁長氏の体に変調が現れたのは、今年に入って体重が60キロ台まで落ち込んだことだった。樹子さんは「胃がんを患った際に『80キロを割ったのは中学校以来だ』と言っていたくらい元々は大きな人だった。痩せて見えないようにと、実は下着を3枚重ねて着ていた」と明かす。

 4月に検査入院で膵臓(すいぞう)がんが判明した。病部を切除する手術を受けたが、1週間後に心臓の不調を来した。検査の結果、がん細胞が飛び散り、肝臓まで転移していることが分かった。さまざまな抗がん剤を試したがどれも効果が出ず、副作用にも苦しんだ。口内炎がひどくなり食事も進まず、水を飲むことさえ困難になっていった。

 翁長氏は7月27日に記者会見で埋め立て承認撤回の方針を表明した。だが会見の前夜には、知事公舎に帰るなり、玄関に置いてあるいすに3分ほど座り込んだ。立ち上がってもすぐに台所やリビングのいすで休んでは息を整えた。玄関から着替えのため寝室に入るまで20分かかるほど、体力は衰えていた。

 会見の日の朝、「記者の質問に答えることができるだろうか」と弱音を吐いた翁長氏を、樹子さんは「大丈夫よ。できるでしょ」と送り出した。ただ「撤回という重大な決断をするのに、判断能力がないと思われてしまうわけにいかない。不安だったと思う」と夫の心中を推し量る。

 会見を終えて帰宅した翁長氏が「30分くらい自分の言葉で話ができた。よく保てた」とほっとした表情で報告するのを聞き、樹子さんは「神様ありがとう」と心の中で叫んだ。

 だが、会見から3日後の7月30日、病状が進み翁長氏は再入院する。翁長氏はがんの発覚後、死が迫ると感情を制御できず家族に当たってしまうことを心配していた。「そうなってもそれは本当のお父さんじゃないからね」と子どもたちに語っていたという。樹子さんは「治療の選択肢はどんどん狭まっていったが、最期まで死の恐怖に駆られることはなかった。最期までいつも通りのお父さんだった」と目頭を押さえた。

 保守政治家として「政治は妥協の芸術」を信条とした翁長氏だったが、辺野古新基地建設阻止だけは譲らなかった。「樹子、ウチナーンチュはみんな分かっているんだよ。生活や立場があるけれど、未来永劫(えいごう)、沖縄が今のままでいいと思っている県民は一人もいないんだよ」という翁長氏の言葉が忘れられない。樹子さんは「県民の思いが同じであれば、いつまでも基地問題を挟んで対立しているのは政治の責任でしかない」と訴える。

 承認を撤回して海上工事を止めれば、県の職員まで損害賠償が及ぶと国がちらつかせてきたことを翁長氏は知事として気に病んでいた。樹子さんは記者に対し「国が一般職員まで脅すなんて不条理が本当にあるのでしょうか。それにもかかわらず、そう出てくると言うならば、その時こそペンの出番ですよ」と言葉を掛けた。

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 佐喜真氏が翁長知事の遺志を受け継ぐと語ったことに、「わが耳を疑った」という思いを抱いた人は少なくない。前回の宜野湾市長選挙で、「机をたたいて普天間の固定化はだめだと迫った」と佐喜真氏は演説したが、そのとき以上のそらぞらしさ。

 「政権の冷ややかな仕打ちに直面しようとも、たじろがず、ウチナーンチュの誇りを持って臨んだ、翁長知事の勇気と行動が、少しずつ、少しずつ、国民の関心を呼び覚ましているのです。埋め立て承認の撤回を、私、玉城デニーは全面的に支持してまいります。私は、しっかりと翁長知事の遺志を引き継ぎ、辺野古新基地建設阻止を貫徹する立場であることをここに表明致します」―おのれの意思と気持ちを飾らずに語る玉城氏の姿勢とあまりにも対照的だ。

 

民間人戦争被害者はなぜ放置されてきたか 瑞慶山茂弁護士の講演

 「集団自決」をめぐる教科書問題を機に、沖縄の情報発信に取り組んできた「沖縄戦首都圏の会」が9月8日、文京シビックセンターで瑞慶山茂弁護士講演会を開いた。

 瑞慶山氏は、沖縄戦と南洋戦における日米軍の残虐非道な加害行為と被害実態を詳しく語ると共に、裁判所が被害事実を認定しながら、被害受忍論や国家無答責論に逃げ込んで、請求を棄却し、司法の役割を放棄した判決の不当性を批判した。

  瑞慶山氏は、パラオ生まれで、1歳の時に避難船が沈没させられた中、生還した体験を持つ。沖縄戦被害救済のため沖縄民間戦争被害者の会をつくり、裁判闘争を進めるととともに、戦災者救済のため、新法律制定運動を進めてきた。

  講演の骨子は、

1 沖縄戦・南洋戦被害-日米軍の残虐非道な加害行為と被害実態

2 国の戦争責任を法的に追及するために沖縄戦国賠訴訟を提起

3 請求棄却判決と不服申し立て

4 南洋戦・フィリピン戦国賠訴訟の提起

5 民間人救済法制定運動の現状

6 未だに国が戦争被害者救済しないことの重大な意味

である。

  瑞慶山氏は、日本の援護法体系について、次のように解説した。

  <先の大戦による戦争犠牲者は、「我が国の軍人軍属や一般邦人はもとより、戦火を交えた国々の兵士、さらに戦場となったアジア諸国の多数の人々など」に及んだ。このうち日本人に対しては、旧厚生省(現厚生労働省)を所管とする援護行政上、1952年「戦傷病者戦没者遺族等援護法」以降、十指に余る関連法が制定された。第二次世界大戦以降、欧米諸国(米・英・加・仏・旧西独・伊・奥)の戦争犠牲者補償制度では、国民平等主義と内外人平等主義がほぼ共通の特徴とされる。国民平等主義とは、軍人と民間人を区別することなく戦争犠牲者に平等な補償と待遇を与えることであり、内外人平等主義とは、自国民と外国人を区別することなく平等な補償と待遇を与えることを意味する。

一方、日本の援護立法体系では、空襲犠牲者等をはじめとした民間人犠牲者と旧植民地出身者などの外国人犠牲者が基本的に適用対象から除外されており、奇しくも、欧米諸国の補償制度で通例となっている二大特徴と正負相反する形で重なる。日本の補償制度では、「国家との身分関係」が要件とされ、また「内地すなわち銃後」との認識に基づき、一般戦災者は援護体系から除外され、外国人犠牲者の問題については、講和条約や二国間条約等により「解決済み」とするのが日本政府の立場である。>

  さらに、質疑応答の中でも、「日本の援護立法の体系で国家との身分関係法という要件があって、その要件を満たす場合は補償を認める、身分関係と言うのは、軍人、国家から雇用されていたもの、あるいは軍属、国家と関連ある者という限定がついています。そうすると、民間人はそこに入らないように、仕組みとしてなっているんですね。なんでそういう条件になったかというと、戦後できた法律ですので、国として戦争被害にたいしてどういうふうに向き合うかという基本的な考え方がある」「昔の考え方が根底的に維持できるという発想があったと思うんですよ。明治憲法下の考え方を維持するとすれば、国との特別の関係、国家が国民より上なんだと、その上に立法をしています。これに正当な理由があるかというと、日本国憲法の体系からいうと、法の下の平等に反し、正当な理由にはならない。日本の現行憲法では平等主義ですから、理由にはならない。憲法違反だという主張を沖縄戦訴訟でも東京空襲訴訟でも断固として主張してきた」と見解を述べた。

 講演を受けて日本被爆者団体協議会の木戸季市事務局長は、被爆者援護法が制定されていない根本に、戦争犠牲受忍論と国による国民分断政策があることを指摘し、原爆被害者と空襲被害者、沖縄戦被害者が共同して国に戦争責任を取らせようとよびかけた。

 瑞慶山氏が繰り返し強調したように、戦争被害は国家災害であり、国に責任がある。原爆被害者も空襲被害者も、沖縄戦被害者も、国の分断政策に対し、社会的連帯による共同で、民間人戦争被害者にたいする補償制度を国につくらせることが求められる。

ベテランズ・フォー・ピースジャパンの井筒高雄さんが町田市で講演

  元陸上自衛隊レンジャー隊員で、ベテランズ・フォー・ピースジャパン代表の井筒高雄さんの講演会が9月7日、町田市の「町田市民フォーラム」であった。

 「米軍と一体化する自衛隊」が講演テーマで、①米国の軍事戦略のうえにある日本②自衛隊と日米新ガイドライン憲法9条の改正と緊急事態条項④防衛予算と戦争経済⑤日米地位協定―の5つを柱にしていた。

 日米軍事同盟と自衛隊問題を考えるうえで、大きな比重を占める沖縄。井筒さんは、沖縄県が作成した「数字で見る沖縄の米軍基地」や「日本とドイツ、イタリアの地位協定比較」をとりあげ、「沖縄の問題としてではなく、日本の問題としてとらえるべきだ」とのべ、辺野古新基地が「普天間+軍港+弾薬庫」であり、新たな巨大基地であることであることを指摘しつつ、海兵隊の大半がグアムへ移転し、実動部隊は2000人程度になるのだから、辺野古新基地は不要であると断じた。

 安倍首相が“憲法9条に自衛隊を書き加えても変わらない”と言っている意図については、「すでに安保法制という立法事実を作っているからということだが、私は変わると思っている」とコメントした。

 

 主催は、「まちだ市民連合」。同連合代表の藤井石根さんは、「今、自民党総裁選で安倍さんが動いているが、われわれは選挙で選べない。政権をやめさせるに運動は来年の参院選でしかできないから歯がゆい」「沖縄の翁長さんは、日本の政治には愛がないといっておられたが、もう一度、われわれはそのことを押さえなければならない」とあいさつした。

活断層の上に基地 クローズアップされた辺野古新基地建設の問題点

 4月7日、沖縄県市町村自治会館で「3・13判決は何を審判したのか 活断層の上に基地!?」と題する緊急学習会が、辺野古訴訟支援研究会の主催で開かれた。検査で出席できなくなった翁長雄志知事に代わり、4月から副知事に就任した謝花喜一郎氏があいさつし「環境保全措置について看過できない事態があれば躊躇することなく必ず撤回をおこないたい」と知事のメッセージを伝えた。
 県の訴訟を担当する松永和宏弁護士、仲西孝浩弁護士が工事差し止め請求を棄却した那覇地裁判決の問題点について解説した。
 琉球大学加藤祐三名誉教授が、工事海域の断層が活断層であると推定される根拠について説明した。加藤名誉教授は、辺野古断層の延長線上の海底の地質図を示しながら、「沖積層が切れている。そうであれば活断層である。画像処理をしていない元データを見たい。15メートルくらいの落差になるが、これは日本最大の内陸地震である濃尾地震は6メートルくらいしか切れていないことからすると、何回も切れていることになる」と、この地域で繰り返し大きな地震が起こった可能性にも言及した。
(注:根尾村水鳥(みどり)地区での根尾谷断層は上下差6m横ずれ量4mにも及んでいる)
 行政法が専門の琉球大学徳田博人教授は、行政処分の撤回には「制裁型」「要件消滅型」「公益型」の3つがあるとし、▽制裁型は、相手方の法令違反等を理由として行うもので、損失補償は必要が無い▽要件消滅型は、埋め立て承認後に埋め立て承認の要件を満たす事実がなくなったことを理由に行うもので、相手方の瑕疵などが出てきた場合は補償が不要となる方向へ動く▽公益型撤回は、埋め立て承認後に行政側の都合により撤回するもので、公益の内容や我慢の範囲内かなどにより損失補償が検討される―と説明した。
 徳田氏は、軟弱地盤の問題や活断層の問題で撤回を行う場合、二つ目の要件消滅型になるとみる。
 「軟弱地盤の問題やあるいは活断層の問題は、仲井真知事が埋め立て承認した時に、事実としてこれほどピックアップされていなかったんですね。審査も形式的にしか処理されていません。埋め立て承認というのは二つの法律的な性格がありまして、当初は土地をどんどん広げていこうと、土地拡大のための法律でした。しかし昭和48年に公害悪化とかきれいな水が守られない、生物多様性が復興できないということで、環境や安全性の観点から厳しくチェックをいれてくださいよ、こういう法律に転換されます。いわば安全であるかどうか疑いがあると、できるだけていねいな調査をしてください、こういうふうに法律のしくみが転換するんですが、仲井真知事が埋め立て承認をした段階では、さきほど加藤先生がおっしゃったようなことを認識していなくて、現在、認識されている段階で、本来であればていねいな調査と事実を公表して、専門家の意見を聞いて、議論はここまでいっていますよと。ここを見ていく必要があります」。
 ただ、「後発的瑕疵等で安全性の観点から撤回せざるを得ない場合、損失補償のない方向になる」と指摘する。
 「今回の活断層問題とか軟弱地盤の問題は、その後の事情によってこれは中止をしたり調査をしてください、あるいは科学的にある程度、事実、環境に与える著しい影響を与えるだろうということが明らかになった場合には、撤回まで行くと思いますけれども、要件消滅型になるだろうと。ただし今まで沖縄防衛局がやったことはどういうことかいうと、たとえば埋め立て工事をする場合には、設計図をつくったときに、本当にその設計通りに工事をして安全かと実施設計で調査をするわけです。本来であれば、全部の図面を調査して安全が確保されて初めて工事を実施するんですが、それで初めて協議しなさいとやるんですが、一部だけ実施計画してまだ終わっていない、協議が整っていない段階で、工事を進めていく。さきほど、いろんな問題があるのに、もっとていねいな事実を提出してください、あるいは一時期調査をするので工事を止めてくださいと指導している。岩礁破砕や軟弱地盤の問題で、専門家がいろんな疑問を呈しているわけです。もっとていねいにしてくださいと言っているにも関わらず強行に工事を進めると、いわば要件消滅型の撤回の性格から、制裁型の撤回へと性格を持つんだろうと私は思っている」
  そして、「沖縄県は、政府が行っている事実の隠ぺいをあぶり出しながら、一つひとつ科学的な方法で撤回の事実を固めようとしていると思っている」と県の対応についても前向きの評価をした。

辺野古に新基地はつくらせず、県経済発展を推進する沖縄県予算が成立

 沖縄県議会は3月28日の2月定例会最終本会議で新年度予算を賛成多数で可決して閉会した。

 沖縄自民党は県提出の予算原案にたいし、知事訪米費用とワシントン駐在員の活動費用をゼロにする修正案を提出した。提案理由の説明では、ワシントン駐在員の活動費用の減額し、ゼロにする意見を自民党は毎年出してきたこと、知事の訪米は、日本政府と話しあわずに、米国に直接言うというのはおかしいというものであった。他府県はともかく、沖縄県の場合は、仲井真前知事も訪米活動を行っており、県の施策を前進するために訪米活動を行ってきているから、要は、辺野古新吉建設反対の主張を日本政府の頭越しに主張することはやめよということである。

 与党側は、会派「おきなわ」の新垣光栄議員と、共産党の比嘉瑞己議員が自民党修正案に反対し、予算原案に賛成する討論をおこなった。翁長知事4年目の総仕上げの年の予算であり、「辺野古に新基地は造らせない」という公約を県政運営の柱にすえるともに、「子どもの貧困解決」をはじめ、医療、教育、福祉など県民生活を守り、県経済発展を推進する予算であることを主張した。以下、比嘉議員の討論を紹介したい。
              ◆
 翁長県政は、辺野古新基地建設を許さないという「建白書の実現」を求める、沖縄県民の圧倒的な民意に支えられ、一期目の総仕上げとなる新年度を迎えます。翁長県政はこれまで、「辺野古に新基地は造らせない」という公約を県政運営の柱にすえるともに、「子どもの貧困解決」をはじめ、医療、教育、福祉など県民生活を守り、県経済発展のための産業振興や雇用創出を推進し、また、沖縄の魅力である離島の振興、豊かな自然環境の保全、ウチナー文化の普及促進などに取り組み、「誇りある豊かな沖縄」を実現するために全力で取り組んできました。
 こうした翁長県政の取り組みは、様々な指標からも成果が表れてきています。昨年度の入域観光客数は約940万人、そのうち外国人客は254万人と、5年連続で過去最高を更新するとともに、8月には月間で初めて100万人台を記録しました。観光関連産業の経済波及効果は遂に1兆円を超え、情報通信関連産業の売上高は4200億円、農業産出額は1000億円を達成し、全国一の伸び率となるなど、県経済はかつてないほど好調に推移しています。雇用状況については、年平均の完全失業率は平成25年の5.7%に対して、平成28年が4.4%、平成29年が3.8%と大幅に改善し、有効求人倍率も復帰後はじめて、年間を通じて1倍を超える記録をつづけています。
 「米軍基地は沖縄経済発展の最大の阻害要因である」。基地関連収入が県民総所得に占める割合は、復帰前の昭和40年度には30.4%でしたが、本土復帰直後の昭和47年度には15.5%。平成26年度には5.7%と大幅に低下しています。一方、米軍基地返還跡地を見れば、那覇市小禄金城、与儀タンク跡、北谷町美浜、北中城村米軍泡瀬ゴルフ場跡地と、いずれの地域も目覚ましい発展を遂げています。那覇新都心地域では直接経済効果は32倍、雇用効果は93倍と、文字通り那覇市の新たな都市拠点として発展しています。「基地をなくしたほうが、沖縄は発展する」。多くの県民が確信をもって歩みつづけています。
 いよいよ、翁長県政のもとで好調な県経済をさらに発展させ、正規雇用の拡大、県民所得の向上へと繋げていく取り組みが実を結ぼうとしています。
さて、沖縄自民党から提出された修正案について反対の理由を述べたいと思います。修正案の提案理由は「ワシントン駐在員活動事業費jと「翁長知事の訪米事業」の削除を求めるものとなっています。

 まずはじめにワシントン事務所についてですが、同事業は沖縄の基地問題に関連する情報収集や、沖縄の状況などの情報発信を主な役割としており、平成27年の事務所設置から米国政府関係者と延べ668人と意見交換を行い、重要な成果をあげてきました。
なかでも、ワシントン事務所が取得した資格・外国代理人登録法(FA R A)に基づく活動は、123人の関係者と面談を行っています。FARAはアメリカの世論や政策等に影響を与えようとする団体がアメリカの外国人登録法にもとづいて登録をするものであり、こうした米国政府公認の活動によって、沖縄の主張を正確に情報発信していることは、費用対効果では測りきれないほどの大きな成果をあげています。
 特に昨年2月に公表されたアメリカ連邦議会調査局報告書に、辺野古新基地建設をめぐる沖縄の現状や、沖縄県の主張について明記されたことは大きな成果でした。報告書には、辺野古移設を巡る法廷闘争の一連の経緯を説明するとともに、県が最高裁で敗訴したものの、翁長雄志知事が「建設を阻止するための、さらなる戦略の模索を誓った」ことを指摘し、「地元住民の反対で、合意履行には懸念が残る」と分析しています。また日米両政府による「高圧的な行動が基地反対の抗議の激化を招く恐れが残っている」 ことも警告しています。こうした報告書がアメリカ連邦議会に伝わり、米国の政策に影響を与えることを考えれば、沖縄の主張を直接、正確に米国政府に伝えるワシントン事務所の役割はますます重要になっています。よって、「ワシントン駐在員活動事業費」の削除を求める修正案に反対をするものです。
 次に知事の訪米事業についてですが、戦後72年経った今なお、国土面積の約0.6%に過ぎない沖縄県に、在日米軍専用施設の約70.6%が集中するなど、沖縄県民は過重な基地負担を背負い続けています。知事訪米事業は、こうした沖縄の米軍基地を巡る諸問題について、知事が直接訪米し、米国政府、米国連邦議会等関係機関に対し、地元の実情を伝え、米国側の理解と協力を促し、沖縄の米軍基地問題の解決促進を図ることを目的としています。
 沖縄県ではこれまでも、昭和60年以降、西銘知事、大田知事、稲嶺知事、仲井真知事と歴代の知事が訪米事業を行ってきました。保守・革新を問わず、その時々における在沖米軍をめぐる懸案事項について、米国政府等に直接、県知事が要請を行い、日米両政府の基地政策に影響を与えるなど、大きな成果を上げてきています。
 翁長知事がこれまで4回の訪米で米国政府との意見交換を行うとともに、延べ34人の連邦議会議員と面談を行ってきました。今回の訪米では、ワシントンDCで国内外の有識者と連携したシンポジウムを開催し、沖縄県の過重な基地負担の現状、沖縄の基地建設の歴史的経緯、辺野古新基地に反対する県民世論を正確に伝えることができました。
このように、知事が直接訪米し、その時々の沖縄の情報を正確に伝え、米側の理解を促す取り組みを継続することは、沖縄の基地問題を解決するためには必要であり、特に安倍政権が「辺野古が唯一」の解決策との考え方に固執している現在の状況では、これまで以上に、知事の訪米行動は重要な取り組みになっています。よって、「知事訪米事業」の削除を求める修正案に反対をするものです。

 ところで、安倍政権は県民の圧倒的な民意を無視して、辺野古新基地建設を強権的な手法で進めてきましたが、新基地建設計画は日米両政府の思惑どおりには進んでいません。仲井真知事が自らの公約を破り、辺野古埋立申請を承認したのは2013年12月のことでした。しかしその後、翁長知事による埋立て承認の取消し処分、訴訟結果としての和解による工事停止、そして決して諦めずに不屈にたたかう沖縄県民の日常的な抗議行動によって、新基地建設計画は既に3年も遅れています。
 日米両政府の計画通りに進んでいたなら、今年2018 年1 月時点では既に護岸工事のほとんどが完成し、埋立本体工事も約8割が完了している計画となっていました。しかし現在は、工事工程表で示された32項目のうち、5か所の護岸工事が着手されている状況であり、日米両政府の計画は大幅に遅れているのが、今の辺野古の現状です。
 さらに、これまで辺野古新基地建設が計画されている海域には、活断層の存在が指摘されてきましたが、このほど沖縄防衛局はその活断層の可能性が指摘されている部分を黒塗りにして地質調査結果を開示しました。沖縄防衛局は活断層の存在を黒塗りで隠蔽したいようですが、しかし、沖縄防衛局が開示した別の報告書には「活断層の疑い」がしっかりと明記されています。
 それだけではありません。報告書には、活断層の疑いを示す海底とは、さらに別の海底において、地質調査が成立しないほどの軟弱地盤が深さ40mにもわたって続いていることが、明らかになりました。基地建設などに使用される巨大な構造物の場合、地盤の強度を示すN値と呼ばれる値は50単位程が必要と言われていますが、報告書では「N値ゼロを示すものが多い」と記載され、地質専門家はマヨネーズ並みの脆弱地盤だと指摘しております。
 辺野古新基地建設は日米両政府の思惑通りには進まないし、必ずや沖縄県民の抗議行動によって断念へと追い込まれるでしょう。こうした沖縄の現状を正確に、当事者である米国政府に直接伝えるためにも、翁長知事の訪米事業はますます重要になっています。
 今回の沖縄自民党提出の修正案は、「あらゆる手段で新基地を止める」という翁長知事の取り組みに反対するものであり、沖縄県民の圧倒的民意を無視して強権的に工事を進める安倍政権の立場にたつものです。保革を越えた辺野古新基地建設反対の民意の分断を狙う修正案に、改めて反対を表明するものです。

 さて、新年度一般会計予算案は、安全・安心に暮らせる優しい社会を構築するとともに、アジア経済の活力を取り込むことなどにより、県経済全体を活性化させ、安定的に発展させる好循環をつくりあげていくための大事な予算です。
安倍政権は辺野古新基地建設問題で対立する翁長県政に対して、新基地建設を認めろと言わんばかりに、沖縄振興予算の減額を続けています。沖縄が本土復帰を目前に控えた1971年(昭和46年)、政府は沖縄振興開発特別措置法を制定いたしました。悲惨な地上戦で甚大な被害を被り、戦後も長年にわたり米軍占領下にあった沖縄に対して、「県民への償いの心」をもって事にあたるとされたのが、沖振法の原点です。基地と振興策をリンクさせるようなやり方は許されません。
 また、安倍政権は沖縄振興予算について概算要求の段階で総額を決め、国直轄事業を優先的に確保した上で、県や市町村にとって自由度の高い一括交付金については大幅な削減を行いました。沖縄の自主性を奪うような政府の露骨な手法に、多くの県民が不信感を募らせています。しかし、こうしたなかでも翁長県政は県と市町村の一括交付金の配分について、5対3の配分を堅持するとともに、市町村への影響を最小限に抑えるために、さらに県から市町村へ12億円の支援を行うなど、きめ細やかな配慮を行っています。
 そして、新年度予算の主な施策には、多くの保護者のみなさんの願いであった、子ども医療費助成制度の現物給付の導入と一部自己負担の廃止、窓口完全無料化が実現いたします。さらに通院医療費無料化の対象年齢拡大については、県と市町村との協議会が設置され、さらなる制度拡充が検討されることになりました。待機児童解消に向けては、市町村の認可保育園増設を支援し、保育土の待遇改善事業にも取り組みます。沖縄の保育において、大きな役割を果たしてきた認可外保育施設に向けては給食費支援の大幅拡充が実現いたします。子どもたち一人ひとりに行き届いた教育の実現のために、少人数学級は小学校6年生まで拡大いたします。
 また、子どもの貧困対策では前年度比12億円増額の187億円の予算を確保し、放課後児童クラブ支援事業の拡充や、新たに「ひとり親家庭の高校生等に対する交通費支援」がはじまります。
 保健医療の分野では、性暴力被害者ワンストップ支援センターの施設建設、職員体制は30人から50人へと増員され、24時間365日対応へと拡充されます。北部基幹病院構想の実現に向けては、関係団体との協議会が設置され、建設にむけた議論がはじまっています。
 そして、経済振興の面では、アジア経済戦略構想の実現に向けた諸施策をはじめ、自立型経済の構築に向けた基盤整備、沖縄の亜熱帯性気候等を活かした農林水産業の振興、好調な県経済をさらに発展させるための諸施策が盛り込まれ、さらに、正社員雇用拡大助成金の創設など、雇用の質の改善に係る施策も充実しています。
このように、当初予算案は、沖縄らしい優しい社会を創りあげると共に、好況が続く沖縄経済をより発展させるための予算となっており、高く評価をするものです。
 よって、甲第1号議案「平成30年度沖縄県一般会計予算」について、沖縄自民党提出の修正案に反対し、原案に賛成するものです。

 

沖縄戦の遺骨を遺族の元へ

 洞窟で遺骨を掘る人「ガマフヤー」の具志堅隆松さんは、長年、沖縄戦の犠牲者の遺骨を掘り出してきた。しかし、掘り出した遺骨の身元が分からない、なんとかして遺族の元に帰してあげたい。たどり着いたのが、DNA鑑定だった。

 

●身元不明の遺骨、遺族をどうやって探すか
 「遺骨を掘っていたが、身元不明の遺骨。名前を書かれたものはなく、身元につながるものがない。兵隊なら認識票を持っているので、遺体の下にあるだろうと掘っていたがない。どこの部隊がいたか知られるから上の人が持っていたという。分隊長が持っていた。そうすると認識票の意味がない。将校は名前が刻印されているが一般の人は番号しかない」
 軍情報の秘匿を優先する論理と軍内部の差別にたいする具志堅さんの目は厳しい。そして、身元の手掛かりを求めて、厚労省名簿の提供を求めるも、ないという回答。
「国の責任で召集しておきながら、名簿すらないとは、あまりにも無責任だ」
では、沖縄の民間人は、どうだろう。激しい地上戦がおこなわれた沖縄戦では、軍の犠牲者以上に一般民間人が犠牲になっている。
「一般住民には残るものは何もない。軍服ならボタンの種類がある。住民は着物しか付けていないのでジャックルも付けていない。風葬中の遺骨かと思うこともあった」

 

●沖縄でもDNAがとれた
 「アメリカでDNA鑑定をやっていることが分かってきた。つながりがあるか、血縁関係を調べる。それで厚労省に沖縄の見つかる遺骨もDNA鑑定をやってくれと要請した。ところが、厚労省は、沖縄は南方でDNAはとれにくいと言われた」
ここで引き下がる具志堅さんではない。
「岩の上なら、日光にさらされているからDNAは取れにくい。しかし土の中なら取れると学者に聞いた。シベリアで見つかった遺骨は800体余りが帰っている」
論より証拠。具志堅さんは、遺骨発掘を通じて沖縄でもDNAが取れることを実証していく。
 「2009年に那覇市真嘉比地区で、都市開発事業が始まる前に、緊急雇用創出事業として遺骨の発掘をやりました。一人だけ名前の書かれた万年筆が出てきました。朽方という名前で、平和の礎で検索すると、千葉県の出身であることが分かりました。それで千葉県の新聞に記事を出してもらったところ、甥にあたる方が名乗り出てきました。叔父は当時としては珍しく180センチはあったと言います。それで確信しました。私が掘り出した中で一番大きい遺骨でした。DNA鑑定をしませんかと言いました。歯からDNAをとって血縁関係があることが判明しました。それから、4体のDNAが取れました。3体は真嘉比で、もう1体は浦添です。沖縄でもDNAは取れるんです。厚労省もDNA鑑定をやらざるを得なくなりました」

 

●四肢骨も対象に
 そのとき、厚労省は、名前の書かれたものがあるものはやりましょうという条件を付けた。これは、あまりにも沖縄戦の実態に合わない。100体あっても名前のわかるものが一緒に出てきたのは、わずか5体。具志堅さんが批判すると、歯がある遺骨はやりましょうとなった。しかし、これも沖縄戦の実態に合わない。歯の取れない遺骨も多い。600体のうち84体しかない。四肢骨をやるべきだと具志堅さんは主張し、これも認めさせた。
 ところが厚労省は、またも新たな条件を持ち出してきた。「個体性」。個体性というのは、他の人の遺骨と混ざっていないことをいう。たとえば1カ所で何人もが砲弾にやられたら、遺骨は他の人と混ざってしまうことは、大いにあり得ることだ。また、戦後、畑を耕すときに遺骨がいっぱい出てきたこともあり、いったん、畦などに積み上げて、それから地域の慰霊の塔などに持って行ったというから、「合葬」されていたのだが、“ありったけの地獄を集めた”と形容される戦火をくぐり抜けた当時の沖縄社会に「個体性」という概念を持ち込むことがどれほど沖縄の人々を苦しめることになるのか、官僚は分からないのだろう。
「昨年12月15日に副大臣の高木さんと会って話をして、歯か四肢骨のどちらかを検体に使いましょうとなりました」

 

●各地に残る遺骨も対象に
 沖縄県内で見つかった遺骨は、市町村の援護担当主管課を通して戦没者遺骨収集情報センターに連絡が行き、仮安置所に運び込まれることになる。焼骨されたのち、国立戦没者墓苑に納骨される。H28年度では、遺骨収集事業文化財調査、工事中に発見されるなどにより31件67袋が仮安置所に運ばれた。
具志堅さんは、仮安置所に運ばれた遺骨の焼骨をやめてほしいと県に訴えてきた。焼骨した時点でその遺骨のDNAが失われ、遺族に帰す道が閉ざされるからだ。
  「県に訴えたら止まりました。それから600体余りの遺骨がたまった。このほかに、遺骨は、各地の慰霊の塔などに納められている可能性があります。
魂魄の塔には、3万5000体余りの遺骨が納骨されたが、復帰後の1979年に国立戦没者墓苑ができ、ほとんどがここに移された。しかし、具志堅さんは「分骨」であり、魂魄の塔にはまだ遺骨が残されている可能性があると話す。糸満市真栄平にある南北の塔の遺骨は、まだ数えられていないという。このほか、読谷村の梯梧の塔、伊江島の闘魂の塔などにもあり、2000体はあるだろうと具志堅さんは推測。これらもDNA鑑定の対象となるべきだと考えている。
       ※カギかっこ内は、2018年3月16日に南風原町で開かれた集団申請説

                        明会での具志堅さんの話に基づく